Top / その他 / 偉人名一覧  最終更新日: 2015-12-14 01:21

偉人名一覧

無印

バニラで登場した偉人はCiv4のそれと全く同じである。以下Civ4ペリク鯖へのリンク。

大芸術家(Great Artist)

大科学者(Great Scientist)

大商人(Great Merchant)

大技術者(Great Engineer)

大将軍(Great General)

カン(Khan)

  • Genghis Khan チンギス・ハーン(1162?-1227)
    旧名はテムジン。言わずと知れた世界最大にして最強の侵略者。
  • Ogedai Khan オゴデイ・ハーン(1186-1241)
    モンゴル帝国第二代ハーン。父の覇業を引き継ぎモンゴル帝国の領土を更に拡大した。
  • Guyuk Khan グユク・ハーン(1206-1248)
    モンゴル帝国第三代ハーン。父祖の方針を受け継ぎ勢力を拡大するも在位二年で急死。
  • Mongke Khan モンケ・ハーン(1209-1259)
    モンゴル帝国第四代ハーン。グユクの死後混乱していた帝国をまとめアッバース朝を滅ぼした。
  • Kublai Khan フビライ・ハーン(1215-1294)
    モンゴル帝国第五代ハーンにして大元初代皇帝。中国大陸を征服し高麗、パガン朝を滅ぼした。
  • Mengu-Timur Khan テムル・ハーン(?-1280?)
    大元第二代皇帝。カイドゥを破りモンゴル帝国に安定をもたらした。
  • Batu Khan バトゥ・ハーン(1207-1256)
    チンギスの長子ジョチの息子。ルーシから中欧に至る地域の国々を一方的に粉砕し、キプチャク・ハン国として知られるジョチ・ウルスを建国した。
  • Berke Khan ベルケ・ハーン(?-1266)
    バトゥの跡を継いだジョチ・ウルスのハーン。ベルケ・サライの建設や自身のイスラムへの改宗で知られる。
  • Mengu-Timur Khan モンケ・テムル・ハーン(?-1280?)
    ベルケの跡を継いだジョチ・ウルスのハーン。国内外の秩序を固め首都サライを大いに発展させた。

    計9人

GaKで追加された偉人

大芸術家(Great Artist)

大科学者(Great Scientist)

大商人(Great Merchant)

  • Marcus Licinius Crassus マルクス・リキニウス・クラッスス(BC115-BC53)
    カエサルやポンペイウスと三頭政治を組んだ共和制ローマの富豪。カエサルのパトロンでもあった。
  • Steve Jobs エドワード・ハリマン(1848-1909)
    ユニオン・パシフィック鉄道及びサザン・パシフィック鉄道を経営したアメリカの実業家。
  • Milton S.Hershey ミルトン・S・ハーシー(1857-1945)
    ハーシー社を創設しチョコレートなどの大量供給を成し遂げたアメリカの実業家。
  • James Lancaster ジェームズ・ランカスター(1554or55-1618)
    スマトラ島から大量の香辛料を持ち帰りナイトに叙されたイギリスの冒険家。後に東インド会社の幹部も務める。
  • Henri Nestle アンリ・ネスレ(1814-1890)
    高品質な粉ミルクやベビーフードを開発しネスレ社を創設したドイツの薬剤師、企業家。
  • Levi Strauss リーヴァイ・ストラウス(1829-1905)
    ジーンズの特許を半分取得しその生産で富を築いたドイツ出身の企業家。ちなみにレヴィ・ストロースとは無関係。
  • Thomas Twining トーマス・トワイニング(1675-1741)
    世界初の紅茶店を開業しトワイニング社を創設したイギリスの商人。
  • Steve Jobs スティーブ・ジョブズ(1955-2011)
    ウォズらと共にアップル社を創設し、コンピュータ産業を作り出したアメリカの実業家。

    計8人

大技術者(Great Engineer)

大将軍(Great General)

大提督(Great Admiral)

おまけ

  • John Hawkins ジョン・ホーキンス(1532-1595)
    フランシス・ドレークの従兄弟にあたる海賊。奴隷貿易で悪名を博しアルマダ海戦にも参戦している。何故か日本語版ではニミッツ提督の名前がこの人に入れ替わっていた。

    GaK合計88人

BNWで追加された偉人

芸術家が大幅に増員されている。日本人に関してはよくもまぁそんな人物までも調べあげたと感心してしまう反面、少なくない方々がリストラの憂き目に。
…サグラダ・ファミリアとかが移動できないのは分かる。だが杜甫李白やカフカとかがいなくなったのは何故なんだぜ。
今回は既存の人物にも代表作が設定されたので改めてご紹介を。なおCiv4から登場している人物には[]、GaKには[]、BNWには[]をつけている。
ちなみにBNWで3大カテゴリから外れてリストラを食らったのは、アンセル・アダムス、イブン・ムクラ、伶倫、テスピス、王羲之、ラス・カサス、ガウディ、フンデルトヴァッサー、キューブリック、フランク・ロイド・ライトであった。

大芸術家(Great Artist)

作家は国籍順、音楽家は年代順でソートされているのだが、こっちはどういう基準なのかさっぱり分からない。ダリや入る予定だったムンクがいなくなったりしているのと関連があるのだろうか。
なお二重に登録されちゃってた疑惑のある方が約一人いたが、秋パッチで無事に修正が入った。

合計72人
この内オランダ3、ドイツ2、オーストリア1、ギリシャ1、スペイン4、イギリス1、フランドル周辺7、イタリア10、フランス15、アメリカ10、中国7、日本6、インド2、ペルシャ2
すごいフランス無双。さすがは光の都パリを擁するだけはある。BNWでの特性はショボイけど。
なおヒーラーナンドと葛西虎次郎に関してはインターネットでは殆ど情報を見つけることができなかった。詳しい方がいればぜひ加筆を。

秋パッチで更に画家が追加された。
そろそろ人選が苦しくなってきた感があるが次回はあるのだろうか。

  • Henri Rousseau アンリ・ルソー(1844-1910)[]
    フランスの画家。元は日曜画家だったのだが早めに退職、素人っぽさを独自の世界にまで昇華させ、「素朴派」の第一人者とされる。キュビズムやシュルレアリスムの先駆けとも。
    代表作に「熱帯嵐のなかのトラ(驚いた!)
  • Jozsef Borsos ジョセフ・ボルソス(1844-1910)[] ※「ビーダーマイヤー」より引用
    ハンガリーの画家。革命の挫折によって理想主義が勢いを失う中、日常的で素朴なものに目を向けんとした「ビーダーマイヤー」運動の代表者。
    代表作に「家警
  • Ilya Repin イリヤ・レーピン(1844-1930)[]
    ロシアの画家。多くの優れた肖像画を遺す一方で、最下層民と階級対立を克明に描いた。移動派の白眉であり社会主義リアリズムの先駆者である。
    代表作に「1901年5月7日の国家評議会における式典
  • Sergey Ivanov セルゲイ・イワノフ(1864-1910)[]
    ロシアの画家。こちらも移動派の一員で風俗画や歴史画などにその才能を発揮するが、ロマン主義を称揚する「芸術世界」の創設にも携わっている。
    代表作に「16世紀のロシア皇帝
  • Caravaggio カラヴァッジオ(1571-1610)[]
    イタリアの画家。その写実的な手法と明暗の表現によってマニエリスムからバロック様式への橋渡しとなった巨匠だが、素行の悪さもあり死後しばらくは正当な評価がされなかった。
    代表作に「聖ペテロの磔刑
  • Frans Post フランス・ポスト(1612-1680)[]
    オランダの画家。欧州人として初めて南北アメリカ大陸を描いた人物。ブラジルにいた時点とそれ以降で画風が変わっている事でも知られる。
    代表作に「オオアリクイのいる風景
  • Willem_van_de_Velde 小ウィレム・ファン・デ・ヴェルベ(1633-1707)[]
    オランダの海洋画家。同じく海洋画家だった父親の薫陶を受け、母国の海に浮かぶ感染や海戦を主題とする。なお後半生はイングランドで活動しまたそこで没している。
    代表作に「穏やかな海に浮かぶオランダの軍艦と船舶
  • William Simpson ウィリアム・シンプソン(1823-1899)[]
    スコットランドの戦場画家。世界で初めてイラスト付きの記事を刊行した「イラストレイテド・ロンドンニュース」に関わり、「軽騎兵旅団の突撃」などを絵画に遺した。
    代表作に「バラクラーヴァの港で乗船する病人
  • George Healy ジョージ・ピーター・アレクサンダー・ヒーリー(1823-1899)[]
    アメリカの肖像画家。南北戦争に関連する人物の肖像画を多く描いたが、特に著名な功労者が一同に介した↓の絵が有名。
    代表作に「調停者たち
  • Utagawa Kuniyoshi 歌川国芳(1791-1861)[]
    江戸時代末期の浮世絵師。今日の漫画にも通底する斬新な画風と奇抜なアイデア、そして徹底した反骨精神の持ち主であり、多くの分野で傑作を遺した。
    代表作に「智多星呉用の肖像
  • Adrien Carpentiers エイドリアン・カルペンティエール(1713?-1778)[]
    スイス出身の画家。成立間もないイギリスの芸術家協会の一員であり、彫刻家のルビヤックを描いた↓の絵によって知られる。
    代表作に「ルイ・フランソワ・ルビヤックの肖像
  • Bahram Kirmanshahi バフマン・ケルマンシャヒ(19C頃?)[]
    ペルシアの画家。↓の肖像画を描いた人物らしいのだが、それ以上の事は不明。
    代表作に「ガージャール朝ナーセロッディーン・シャーの肖像
  • August Haake オーガスト・ハーケ(1889-1915)[] ※独語記事より引用
    ドイツの画家。北ドイツの風景を初めは印象派的に、後にポスト印象派的に描いたが、鉛中毒によって夭折している。
    代表作に「刈り入れ後の畑
  • William-Adolphe Bouguereau ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825-1905)[]
    フランスの画家。近年再評価されつつあるアカデミズム絵画の典型的なエリートであるが、少女画で独自の*1世界を構築してもいる。
    代表作に「小川の畔にて
  • Francesco Hayez フランチェスコ・アイエツ(1791-1882)[]
    イタリアの画家。絵画不毛の地とさえ言われた当時のイタリアにおいて際立った存在であり、ロマン派の牽引者として後世に大きな影響を与えた。
    代表作に「接吻
  • Viktor Vasnetsov ヴィクトル・M・ヴァスネツォフ(1848-1926)[]
    ロシアの画家。神話や童話を題材とし、ロシアにおける文芸復興運動において大きな役割を果たした。イコン画家としても活躍。
    代表作に「転居
  • Horace Vernet オラース・ヴェルネ(1789-1863)[]
    フランスの画家。主にクリミア戦争などに従軍した速筆の戦争画家として評価されるが、「死の天使」のような作品も遺している。
    代表作に「1838年のメキシコ遠征における光景
  • Karl Bryullov カール・ブリューロフ(1799-1852)[]
    フランス人の両親を持つ画家。ロシア出身の画家として初めて国際的な名声を勝ち取った人物であり、写実主義に基づく歴史画を得意とした。
    代表作に「ポンペイ最期の日
  • Edmund Leighton エドモンド・レイトン(1853-1922)[]
    イギリスの画家。ヴィクトリア朝に勃興し後に象徴主義へとつながるラファエル(以)前派の一員で、中世の騎士道物語を好んで描いた。
    代表作に「騎士号授与

計19人
この内オランダ2、ドイツ1、フランス3、イタリア2、ハンガリー1、スコットランド1、イギリス1、スイス1、アメリカ1、ロシア4、ペルシア1、日本1
ケルマンシャヒ(もしくはケルマンシャー)の情報をお持ちの方はぜひ加筆修正を。

大音楽家(Great Musician)

並び方が変な事になっているのはCIV5Units_Expansion2のそれをそのまま用いたためである。
なおルイ・アームストロングとマイルス・デイヴィスがいなくなった。プリンス・バスターとかが登場してるのに。アレか、やっぱ版権が高いせいか!

  • Enheduanna エンヘドゥアンナ(BC2285頃-2250頃)[]
    アッカド王サルゴンの王女。一人称である「わたくし」を文章で用いた最初の人物。『ニンメシャルラ』等の賛歌が残っている。
    代表作に『ニンメシャルラ』
  • Mesomedes クレタ島のメソメデス(生没年不詳。2C頃)[]
    ローマ時代におけるギリシャの詩人、作曲者。完全な形でその楽譜が残っている最古の人物である。
    代表作に『女神への賛歌
  • Ji Kang ケイ康(224-262or263)[]
    三国時代の文人。「竹林の七賢」の一人であり、出仕を拒否して老荘思想に傾倒。琴を得意とし音楽理論に関する書物も遺している。
    代表作に『廣陵散
  • Ziryab ジルヤーブ(224-262or263)[] ※ 日本語記事はコトバンクより引用
    アッバース朝時代の音楽家。はじめバグダードでハールーン・アッ=ラシードの寵愛を受け、後にアンダルシアに渡りアンダルス音楽の祖となった。
    代表作に『ランマーバーダーヤタサンナ
  • Al-Kindi アル・キンディー(801-873?)[] ※ 科学者から変更
    アッバース朝時代の学者。哲学を始めとしてありとあらゆる学問の翻訳に携わるが、音楽理論の構築にも業績を残している。
    代表作に『旋回舞踏』
  • Guido d'Arezzo グイード・ダレッツォ(991or992?-1050)[]
    中世イタリアで活躍した音楽教師。西洋における楽譜の表記法に基礎を与えた人物であり、ドレミファソラシドの原型を作った事で有名。
    代表作に『聖ヨハネ賛歌
  • Guillaume de Machaut ギヨーム・ド・マショー(1300頃-1370)[]
    フランスの聖職者、音楽家。アルスノーヴァの代表格であり、↓の曲が有名だがその活動の中心は世俗曲であった。
    代表作に『ノートルダム・ミサ曲
  • Josquin des Prez ジョスカン・デ・プレ(1440?-1521)[]
    フランスの音楽家。音楽におけるルネッサンスの中心となったフランドル楽派における最大の作曲家であり、多くの分野に代表曲を持つ。
    代表作に『森のニンフ
  • Meerabai ミラバイ(1498-1557)[] ※ 「ミラバイ訳詩集」より引用
    インドの王女、聖者。バクティ運動が最盛期に達する時代においてクリシュナへの帰依に生きた女性。「Bhajan」、即ち帰依を喜ぶ数多の賛美歌を残している。
    代表作に『パヨージー・マイネー
  • Thomas Tallis トマス・タリス(1505?-1585)[]
    イングランドの作曲家、オルガン奏者。当人はカトリックでありラテン語の宗教曲を多数作曲したが、創立間もない国教会の音楽にも貢献している。
    代表作に『汝の他に望みなし
  • Giovanni da Palestrina ジョヴァンニ・ダ・パレストリー(1525?-1595)[]
    おそらくパレストリーナの誤字。ルネッサンス期イタリアの作曲家。カトリックの宗教音楽を多数作曲した「教会音楽の父」であり、ルネッサンス音楽の到達点でもある。
    代表作にCiv4でも使われた『教皇マルチェルスのミサ曲
  • Gaspar Fernandes ガスパル・フェンルナンデス(1566-1629)[]
    おそらくフェルナンデスの誤字。ポルトガルに生まれ新大陸で活躍した作曲家、オルガン奏者。新旧大陸の音楽を融合させた最初の人物の一人。
    代表作に『シコヒ
  • Yatsuhashi Kengyo 八橋検校(1614-1685)[]
    江戸時代の音楽家。本名は城秀。箏の基礎を作り上げた人物であり、自身も数多くの作曲を行なっている。胡弓と三味線の名手でもあった。
    代表作に『六段の調
  • J.S.Bach ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)[]
    ドイツの作曲家。バロック音楽の集大成であり「近代音楽の父」ともなった巨匠。西洋音楽は彼の前後で分かれると言っても過言ではない。
    代表作に『ブランデンブルク協奏曲(第3番ト長調)
  • Esteban Salas y Castro エステバン・サラス・イ・カストロ(1725-1803)[]
    キューバの作曲家。当時のフランスとイタリアにおける音楽の影響を受けつつ、ラテンアメリカ独自の構成を打ち立てたと評価されている。
    代表作に『グレゴリオ聖歌 栄光と賛美
  • Emerico Lobo de Mesquita エメリコ・ロボ・デ・メスキータ(1746-1805)[]
    ブラジルの作曲家、音楽教師、オルガン奏者。ゴールドラッシュの最中に独自のバロック文化が興隆したミナス・ジェライスで、演奏者並びに音楽教師として名を馳せた人物。
    代表作に『サルヴェ・レジーナ
  • Wolfgang Amadeus Mozart ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)[]
    オーストリアの作曲家。ウィーン古典派三大巨匠の一角。幼き頃から神童の誉れ高く、短い生涯で700曲以上の作品を残した。
    代表作に『アイネ・クライネ・ナハトムジーク
  • Yamada Kengyo 山田検校(1757-1817)[] ※コトバンクより引用
    江戸時代の音楽家。本名は斗養一。浄瑠璃の要素を取り入れた語り物的な箏曲を確立、山田流箏曲の流祖となった。
    代表作に『桜狩』…が見つからなかったので『筝曲 初音曲』を紹介
  • Ludwig van Beethoven ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)[]
    ドイツの作曲家。古典派とロマン派の間にあるその音楽のみならず、パトロンの存在を拒否し自らを芸術家と規定したその在り方によって後世の道を切り開いた「楽聖」。
    代表作に『交響曲第5番』、通称『運命』
  • Niccolo Paganini ニコロ・パガニーニ(1782-1840)[]
    イタリア出身の「ヴァイオリンの鬼神」。「悪魔に魂を売った」と噂されるほどの恐るべき技巧の持ち主で、遺した作品もまた高度な技術を要求するものばかりである。
    代表作に『カプリース第24番イ短調
  • Francisco Manuel da Silva フランシスコ・マニエル・ダ・シルバ(1795-1865)[]
    ブラジルの作曲家、音楽教授。ブラジルの国歌を作曲した人物であり、音楽教育の確立にも尽力。
    代表作に『テ・デウム
  • Frederic Chopin フレデリック・ショパン(1810-1849)[]
    「ピアノの詩人」として名高いポーランド出身のピアニスト、作曲家。世界で最もピアニストに愛されている人物の一人。祖国における英雄でもある。
    代表作に『雨だれ
  • Richard Wagner リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)[]
    ドイツの作曲家、指揮者。『タンホイザー』『トリスタンとイゾルデ』『ニーベルングの指環』等を作曲し、「歌劇王」の名を欲しいままにしている。
    代表作に『ワルキューレ
  • Giuseppe Verdi ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)[]
    イタリアの作曲家。イタリア統一を巡る当時の世相と噛み合った数多くのオペラを作曲し、特にイタリアにおいては「国民の父」とも称される。
    代表作に『運命の力』における『神よ、平和を与えたまえ
  • Manuel Saumell マヌエル・サウメル(1818-1870)[] ※「中南米ピアノ音楽研究所」より引用
    キューバの作曲家、ピアニスト。キューバの様々な音楽を『コントラダンサ』にまとめ上げ、「キューバ民族音楽の父」と讃えられている。
    代表作に『キューバのコントラダンサ
  • Johann Strauss II ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)[]
    オーストリア出身の作曲家。父の跡を引き継いでウィンナ・ワルツを完成させた「ワルツ王」。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでお馴染みである。
    代表作に『こうもり
  • Johannes Brahms ヨハネス・ブラームス(1833-1897)[]
    ドイツの作曲家、ピアニスト、指揮者。ドイツ「三大B」の一角に数えられ、自身の崇拝するベートーヴェンの後継者とされる事も。
    代表作に『ハンガリー舞曲(5番)
  • Modest Mussorgsky モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)[]
    ロシアの作曲家。「五人組」の一員にして、祖国への熱烈な感情を以て西欧の音楽に挑戦し続けたロシア国民楽派の雄。
    代表作に『禿山の一夜
  • Pyotr Tchaikovsky ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)[]
    ロシアの作曲家。特に三大バレエ『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』によってバレエ曲を確立した事で有名。他の分野においても『悲壮』等の名曲を遺している。
    代表作に『序曲『1812年』
  • Antonin Dvorak アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)[]
    チェコの作曲家。チェコの民族音楽のみならずアメリカ、特に先住民と黒人の音楽を吸収した、この時代を代表する作曲家である。重度の鉄道マニアとしても有名。
    代表作に『新世界より
  • Yamada Kengyo 樋口対山(1856-1914)[] ※コトバンクより引用
    幕末から明治にかけての尺八奏者。本名は治助、のちに孝道。明暗対山流の中興の祖となる傍ら、九州系の本曲を収集、整理している。
    代表作に『打波
  • Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)[]
    フランスの作曲家。全音音階を本格的に用いるなど当時の西洋音楽においては異色な作風によって知られ、「印象派」と形容される。
    代表作に『沈める寺
  • Charles Ives チャールズ・アイブス(1874-1954)[]
    アメリカの作曲家。生前はほとんど注目されなかったのだが、その実世界に先駆けて前衛音楽を組み上げた人物であり、今日この分野におけるパイオニアとみなされている。
    代表作に『アメリカ変奏曲
  • Benbadhanabongse ベンバッダナボングセ王子(1884-1909)[]
    シャムの王族。タイに伝わるありとあらゆる楽器を使いこなし、タイの古楽を演奏するバンドも組んだといわれる。
    代表作に『ラオ・ドゥアンドゥアン
  • Sayed Darwish サイード・ダルウィーシュ(1892-1923)[]
    エジプトのシンガーソングライター。エジプトにおけるポピュラー音楽の父と目され、エジプト国家の作者としても知られる。
    代表作に『アナ・ハウィート
  • Hanna Petros ハンナ・ペトロス(1896-1958)[]
    イラクに生まれたアッシリア人の作曲家、学者。名前の通りキリスト教徒である。イラクに伝わるアラブの音楽とシリアのキリスト教聖歌を作曲し、音楽理論に関する著作も残している。
    代表作に『悲しみについての訓話』…が見つからないので、おそらく彼の手による曲を紹介
  • George Gershwin ジョージ・ガーシュウィン(1898-1973)[]
    アメリカの作曲家。始めはポピュラー音楽で活躍し、次いでクラシック音楽にジャズやブルースといったアメリカ固有の音楽を組み込んだ「アメリカ音楽」の創始者。
    代表作に『アイ・ガット・リズム
  • Silvestre Revueltas シルベストレ・レブエルタス(1899-1940)[]
    メキシコの作曲家、指揮者、ヴァイオリニスト。異形かつ躍動的な作風を持ち味とし、メキシコ一国に留まらない独特な音楽を作り上げた。
    代表作に『センセマヤー
  • Carlos Chavez カルロス・チャベス(1899-1978)[]
    メキシコの作曲家、指揮者、教育者。メキシコに伝わる古い音楽と来るべき技術による新しい音楽への関心を併せ持った、中南米における現代クラシック音楽の旗手である。
    代表作に『インディオ交響曲
  • Wasitodiningrat ワシトディニングラット(1909-2007)[] ※日本語記事は「ガムラン」を引用
    インドネシアの音楽家。彼の地における民族音楽「ガムラン」の第一人者であり、他国への普及活動も積極的に行なっている。
    代表作に『ラドラン・スリ・ドュヒト
  • John Cage ジョン・ケージ(1912-1992)[]
    アメリカの作曲家。「4分33秒」などで知られる偶然性の音楽を創始し、西洋音楽に風穴を開けた前衛芸術の鬼っ子。
    代表作に『ある風景の中で
  • Alla Rakha アラ・ラカ(1919-2000)[] ※日本語記事は「タブラ」を引用
    インドの音楽家。北インド独自の太鼓「タブラ」を世界に知らしめた名手であり、シタール奏者ラヴィ・シャンカルとのコンビでも知られる。
    代表作に『ジャプタール
  • David Blanasi デヴィッド・ブラナシ(1930-?)[] ※White Cockatoo Performing Group公式サイトより引用
    アボリジニーの音楽家。世界最古の管楽器ともされる「ディジュリドゥ」の伝説的な奏者であり、また楽器職人でもあった。
    代表作に『ディジュリドゥ』…が見つからないので、『彼自身によるこの楽器の演奏』を紹介。
  • Louis W.Ballard ルイス・W・バラード(1896-1958)[]
    ネイティブアメリカンの作曲家、教育者。チェロキー及びカパウの言葉と音を自身の創作に取り入れた、ネイティブアメリカン音楽における白眉である。
    代表作に『カチナの踊り
  • Steve Reich スティーヴ・ライヒ(1936-)[]
    アメリカの作曲家。パターン化された音形を反復させるミニマル・ミュージックの先駆者であり、その代表者。テクノや電子音楽への影響もよく語られる。
    代表作に『エレクトリック・カウンターポイント第3楽章 速く
  • Cecil Bustamente Campbell セシル・バスタメンテ・キャンベル(1938-)[]
    ジャマイカの歌手、プロデューサー。プリンス・バスターの名で活動中であり、特にスカとロックステディにおいて重大な位置を占める。
    代表作に『アル・カポネ
  • Carlos Nakai カルロス・ナカイ(1946-?)[] ※Native Heartより引用
    ユタ族とナバホ族の血を引く音楽家。インディアンフルートを様々な分野とコラボさせ、これを世界に広く知らしめた。なお日本人の血は入っていない。
    代表作に『明けの明星に捧げる歌

ここで一旦時代が近代に戻る。

もう一度、今度は中世の終わりまで巻き戻る。
それまで生年でソートされてたのが没年でのソートに切り替わっている辺り、偉大な音楽家の人選は複数の人物が行ったのだろうか。明らかに人選の傾向も違うし。

合計70人
この内、メソポタミア1、中国1、イスラム2、インド2、日本3、現代アッシリア1、シャム1、エジプト1、アボリジニ1、ズールー1、インドネシア1、トルコ1
ギリシャ1、フランス6、イギリス5、イタリア6、ドイツ5、オーストリア4、ベルギー4、ポーランド1、チェコ2、スロヴェニア1、ハンガリー1、ロシア2
アメリカ先住民2、ベネズエラ1、キューバ2、ブラジル2、メキシコ2、ジャマイカ2、アメリカ6
実際よくもまぁこれだけ色々な地域から音楽家を引っ張ってきたものだと思う。

大著述家(Great Writer)

これだけ英米文学が追加されたのに無かった事にされたあたり、余程コンラッドとヘミングウェイを嫌ってるスタッフがいたに違いない。
他にリストラされたのは杜甫、李白、フランツ・カフカ、ウィリアム・バトラー・イェイツ、アミール・ホスロー、パブロ・ネルーダである。

  • Homer ホメロス(生没年不詳。BC8C頃?)[]
    古代ギリシャの詩人。後に叙事詩の金字塔となる『イーリアス』と『オデュッセイア』の編者とされ、ギリシャと後の西洋世界に絶大な影響を残した。
    「人間はすぐに神を非難する。 人間は言う、我らが悲惨を作りだしたと。 だが人間自身の邪悪さが作るのだ。 運命によってもたらされる以上の悲しみを」『オデュッセイア』より
  • Aisopos イソップ(BC619-564)[]
    アイソーポスとも。小アジアに生まれたとされる、古代ギリシアの寓話作家。元は奴隷であったが解放され、その後は寓話の語り手として各地を放浪したという。
    「亀はひたすら這った。うたた寝から目覚めた兎が見たのは、走り終えようとしている亀の姿だった。兎は慌てたが、その足をもってしても勝負に勝つことはもはや不可能だった。亀は言った。「ゆっくりでも着実な者が勝つのだよ」、と」『寓話集、「うさぎとかめ」』より
  • Sophocles ソフォクレス(BC496?-406?)[]
    古代ギリシアの劇作家。『オイディプス王』などの傑作を著すのみならず理論にも長じ、ギリシア悲劇を完成させた事で「三大悲劇作家」の一人に数えられる。
    「オイディプスはその有名な謎かけを知っていた。彼は雄々しき王であり、 誰もが羨む者だった。その彼に今、恐るべき破滅が次々と押し寄せてきていた。 命ある限り、人は己の最期から目を背けることはできず、 悲嘆することなく死するまで幸せとは言えぬのだ」『オイディプス王』より
  • Aristophanes アリストファネス(BC446?-385?)[]
    古代ギリシアの劇作家。喜劇作家の代表格であり、同時代人であるソクラテスやエウリピデスを風刺した作品なども遺している。
    「あなたたち男は何と愚かなのでしょう。こともあろうに女と争うなんて。 盟友のためなら私たちに勝つのも容易でしょうに」『女の平和』より
  • Virgil ウェルギリウス(BC70-BC19)[]
    バージルとも。古代ローマの詩人。『牧歌』によってマエナケスの目に止まり、その庇護下で『農耕詩』『アエネイス』を著した。ラテン文学のみならず欧州の文学史における重要人物である。
    「地獄に落ちるのはたやすい。 夜も昼も、暗き死の門は開かれたままだ。 だが、そこから這い登り、この世界に舞い戻るのは ――難しく、容易ではない」『アエネイス』より
  • Ovid オウィディウス(BC43-AD17)[]
    オーヴィッドとも。今日ではその恋愛詩によってラテン文学の黄金期を築いたとされるが、その露骨な性描写でアウグストゥスを激怒させ一生ローマに帰れなかったという逸話も伝わる人物でもある。
    「幸せなのは心を傷つける鎖を断ち切り、 悩むことを永遠に放棄した者だ。 忍耐強く、頑健であれ。いつかこの苦しみは君の糧となる」『変身』より
  • Lucian Samosata サモサタのルキアノス(120?-180以後)[]
    シリアに生まれギリシャ語で活躍した詩人。最古のSFともされる『真実の話(本当の話とも)』などで当時のインチキ野郎どもを散々にコケにした。
    「言っておくが、これは嘘である。だが理路整然とした嘘である。私がこれから語る中で真実であるのは、私が嘘つきということだけだ。思うにこの言い訳は、おそらくあらゆる非難に対して完璧な言い訳となろう」『真実の話』より
  • Omar Khayyam ウマル・ハイヤーム(1048-1131)[]
    ペルシャの学者、詩人。当時は数学、天文学、史学に通じた偉大な学者として名を馳せ、後世には『ルバイヤート』が西洋人に「発見」される事で詩人としても人気を博した。
    「動く指が書きしるす。文字をつむぎ さらに書く。汝の敬虔さも機転も 書きなおさせる役には立たず 汝の涙も言葉を消すことあたわず」『ルバイヤート』より
  • Rumi ルーミー(1207-1273)[]
    自らのスーフィズム体験を『精神的マスナヴィー』などに著したアフガニスタン出身のスーフィー、神秘主義詩人。メヴレヴィー教団の始祖ともされる。
    「叩け、さらば開かれん。 消えよ。さらば太陽のごとく輝かん。 落ちよ。さらば天へと引き上げられん。 無となれ。さらば汝はあらゆるものとならん」『精神的マスナヴィー』より
  • Valmiki ヴァールミーキ(生没年不詳。3C頃)[]
    古代インドの大長編叙事詩『ラーマーヤナ』を紀元3世紀ごろに編纂したといわれる詩人。サンスクリット語による詩の形式を確定した人物ともされる。
    「詩人ヴァールミーキは手中の水滴に揺れ動く世界のすべてを宿したり。 神々と聖者は天から見下ろし、 ヴァールミーキは時の曙にて神々を見下ろせり」『ラーマーヤナ』より
  • Vyasa ヴィヤーサ(生没年不詳)[]
    『マハーバーラタ』の登場人物であり、またその編者ともされている伝説的な人物。ヴェーダを『リグ・ヴェーダ』を始めとする四代体系に分類したとも。
    「家族を守るために人を見捨てよ。 村を守るために家族を見捨てよ。 国を守るために村を見捨てよ。 魂を守るために大地を見捨てよ」『マハーバーラタ』より
  • Bhasa バーサ(生没年不詳。3C頃)[]
    カーリダーサに先達と讃えられた事で知られるインドの劇作家。『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』を題材とした劇が20世紀に発見されている。
    「疑いの病は余とは無縁なり。 男女の間に咲く友愛の花、 余はそれを尊ぶことを知る王なれば」『ウルバンガ』より
  • Kalidas カーリダーサ(生没年不詳。5C頃?)[]
    インド古典文学において最も有名な詩人、劇作家。インドでは勿論西洋世界においても『シャクンタラー』などが広く評価されている。
    「昨日はしょせん夢 明日はしょせん幻。 だが素晴らしき今日はあらゆる 昨日を幸せな夢に変え あらゆる明日を希望の幻にする」『シャクンタラー』より
  • Qu Yuan 屈原(BC343-278)[]
    戦国時代における楚の政治家、詩人。肥大化する秦から楚を守らんとした硬骨漢であり、また中華史上初めて歴史にその名を遺した優れた詩人でもある。
    「誉れ高き二君、その後 王道を歩みて目的を達す 欲深き二候、悪政を敷き 易き道を求めて歩みを誤つ」『楚辞』より
  • Shi Nai'an 施耐庵(1296?-1371?)[]
    『水滸伝』の作者とされている人物。信憑性が極めて疑わしいとされる唯一の史料によると明代の人だったとの事。
    「今日、我らの義弟、陳達が、我らが諌めるのも聞かずにそこもとに戦いを挑み、今はお屋敷に生け捕りにされている始末。あ奴を救う手立てがない以上、我らもあ奴と死する覚悟でまかりこしました」『水滸伝』より
  • Lanling Xiaoxiao Sheng 蘭陵笑笑生(生没年不詳)[] ※ 英文wiki無し。代わりに『金瓶梅』を記載。
    『金瓶梅』の作者。何者であったかはまるで分かっていないが、『金瓶梅』を一人で書き上げたのは確からしい。
    「雲と雨にてかきたてられし情熱 二人のこうべをつなげ、首を傾げさせる。 そこは部屋の帳の中。まこと 気持ちがひとつになるとき、人はつい忘れる。 錦の帯がどうなるかを」『金瓶梅』より
  • Cao Xueqin 曹雪芹(1724?-1763?)[]
    清代の作家。没落した旗人の子孫として貧窮極まりない生活を送る中、何とか『紅楼夢』を書き上げたという。
    「ずるがしこい者は痛み無駄にし、 賢き者は頭を悩ませる。 だが、利を求めない素朴な者は、 くちくなった腹で気ままに彷徨う。 海を漂う船のように」『紅楼夢』より
  • Ki no Tsurayuki 紀貫之(866or872-945)[]
    平安時代の歌人、作家。『古今和歌集』の編者を務めた歌道の絶対的権威であり、更に『土佐日記』によって仮名表現に多大な範を示している。
    「真珠のような かつての我が涙 月日は流れ 今ではまるで 韓の紅」『古今和歌集』より、「白玉と 見えし涙も 年ふれば 唐紅に うつろひにけり」か。
  • Murasaki Shikibu 紫式部(生没年不詳。9-10C頃)[]
    中古三十六歌仙に数えられる歌人。世界最古の女流文学『源氏物語』の作者として有名だが、当人の事績についてはよく分かっていない。
    「器量が優れないというだけで女性を邪険にするのはよくないことですし、 美しいからといって我が物にしてよいものではありません」『源氏物語』より
  • Yoshida Kenko 吉田兼好(1283?-1352?)[]
    鎌倉時代末期に生まれた遁世者、歌人、随筆家。本名を卜部兼好といい、日本三大随筆に数えられる『徒然草』の作者。高師直の恋文を代筆したりもしている。
    「人生で最も大事なのは不確実なことです。何かを途中のままにしておけばそれは興味深いものとなり、成長の余地があるような感じを与えますから」『徒然草』より、第七段「世は定めなきこそいみじけれ」と第八十二段「し残したるをさて打ち置きたるは、面白く、生き延ぶるわざなり」か?
  • Chikamatsu Monzaemon 近松門左衛門(1653-1725)[]
    元禄時代の人形浄瑠璃及び歌舞伎作者。竹本義太夫と組んで「義太夫節」を編み出し、浄瑠璃をその以前と以後で分けてしまう程の人気を博した。
    「死神にとりつかれている人間の耳に道理や反論は無駄な繰り言のようにしか聞こえぬものだ」『心中天網島』より、「死神付た耳へは、異見も道理も入るまじとは思へ共、去とは愚痴のいたり」か
  • Ueda Akinari 上田秋成(1734-1809)[]
    江戸時代後期の読本作者、文化人。怪異小説のはしりにして江戸近代小説の先駆けとなった『雨月物語』で知られる。国学者として本居宣長と論争した人物でもある。
    「月は川を照らし、風は松を揺らす。 長い夜、清き宵、 何のためにこれらはあるのだろう?」『雨月物語』より、「青頭巾」の「江月照松風吹 永夜清宵何所為」か
  • Natsume Soseki 夏目漱石(1867-1916)[]
    明治時代から大正時代にかけての小説家。当時からその軽妙な文章に定評があり、日本文学のみならず日本語そのものにも大きな影響を与えた人物である。
    「人間のように暮らして、あの連中を見ていると、あの連中は自分勝手なのだと結論づけずにはいられなくなる」『吾輩は猫である』より、「吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘なものだと断言せざるを得ないようになった」か
  • Miguel de Cervantes ミゲル・デ・セルバンテス(1547-1616)[]
    スペインの小説家。最初の近代小説とも言われる世界的ベストセラー『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』の作者で、スペイン語圏を代表する文化人である。
    「「ちょっと、いいですか、旦那、」サンチョが言った。 「あそこに見えてるのは巨人じゃねえ。風車ですよ。 腕に見えてるのは羽でさあ。風で回って石臼を動かしてるんですよ」 「どうやらお前は、」ドン・キホーテは答えた。 「冒険とは何か、わかっておらんようだ」」『ドン・キホーテ』より
  • Jorge Isaacs ホルヘ・イサークス(1837-1895)[]
    コロンビアの小説家、政治家、軍人。小説家としては『マリア』を書き上げたのみであったが、これがスペイン語文学におけるロマン主義の傑作として評価されている。
    「私は、漠然とした厄介事の予感に頭がいっぱいになりながら、物悲しい気持ちで眠りに就いた。少年から切り取ったあの髪のひと房、死に対する情愛溢れる用心の品せいで私は一晩中、そうとは知らずに通り過ぎてしまった人生で一番幸せだった時代の情景を次から次へと思い出し続けた」『マリア』より
  • Jose Hernandez ホセ・エルナンデス(1834-1886)[]
    アルゼンチンの詩人、ジャーナリスト、軍人、政治家。時の政権による対ガウチョ政策に様々な手段で抵抗したが、特にアルゼンチンの国民的文学となる『マルティン・フィエロ』を著した事で名高い。
    「俺はガウチョ。聞いてくれ、 これからこの舌で語ることを。 俺にとって地球は狭い、 もっと広くてもよかったのに」『マルティン・フィエロ』より
  • Ruben Dario ルベン・ダリオ(1867-1916)[]
    ニカラグアの詩人、外交官。19世紀のスペイン語圏を代表する詩人としてモデルニスモの旗手となり、中南米に今も続く詩作、文学の潮流を根付かせた。
    「スペインのバグパイプ、妙なる楽器 春には俺たちの耳を楽しませる! 最初は喜ばしく、次には苦しそうに 膨らみに合わせて深く、苦く」『アズール』より
  • Bertrand de Bar-sur-Aube ベルトラン・ド・バール=シュル=オーブ(生没年不詳。12C-13C頃)[]
    フランスはシャンパーニュの吟遊詩人。フランス文学の先駆けとなった武勲詩人の一人であり、後に「フランスの素材」と呼ばれる様々な類型を生み出した。
    「神が禁じたまわんことを! フランスの王を俺などが傷つけられるものか! 許してもらえるなら、俺は王の臣下になる。 そして封土を下賜してもらうのだ」『ジラール・ド・ヴィエンヌ』より
  • Francois Rabelais フランソワ・ラブレー(1483?-1553)[]
    フランスの人文主義者、作家、医者。ギリシャ語の医術書を研究する事で名を立て、更には人文主義者として『ガルガンチュワとパンタグリュエル』等を刊行、当時の権威を激烈に風刺した。
    「悲しみにうちひしがれる様子を見ていると、 私は泣くよりむしろ笑うことについて書きたくなる。 笑いこそ人を人間にし、勇気づけるものなのだから」『ガルガンチュワとパンタグリュエル』より
  • Voltaire ヴォルテール(1694-1778)[]
    フランスの哲学者、作家。本名はフランソワ=マリー・アルエ。啓蒙主義及び百科事典派の代表と言える人物だが、『エディップ』や『カンディード』等で人気を博した劇作家でもある。
    「有名な著者が書いたものはすべてありがたいと愚か者は考えがちだ。だが私が、自分を喜ばせるためにのみ、自分の好みに合う書物だけを読む」『カンディード或いは楽天主義説』より
  • Alexandre Dumas アレクサンドル・デュマ(1802-1870)[]
    フランスの小説家、劇作家。『モンテ・クリスト伯』『ダルタニャン物語』『王妃マルゴ』等の連載で絶大な人気と巨万の富を掴むが、それ以上の勢いで散財してもいる。
    「みんなは1人のために、1人はみんなのために」『三銃士』より
  • Victor Hugo ヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)[]
    フランスの小説家、詩人、政治家。フランスにおけるロマン主義の旗手であり、七月革命から普仏戦争にまで至る激動の時代を色濃く反映した作品を多く遺した。
    「人生最大の幸福は、愛されていると確信することだ。よく考えて愛するのではない。思わず愛してしまうのだ。人を愛するということは、神のかんばせを見ることに他ならない」『レ・ミゼラブル』より
  • Jules Verne ジュール・ヴェルヌ(1828-1905)[]
    「SFの父」と呼ばれるフランスの小説家。発展著しい科学と彼自身の冒険心を重ね合わせ、『海底二万里』『八十日間世界一周』『月世界旅行』等多くの作品を著した。
    「ネモ船長はこの貝の山を指さした。この鉱山は本当に無尽蔵だ。自然が何かを作り出す力は、人間の何かを壊そうとする力よりすごいのだ」『海底二万里』より
  • Marcel Proust マルセル・プルースト(1871-1922)[]
    フランスの作家、高等遊民。14年をかけて書き続けた大作『失われた時を求めて』によって20世紀を代表する作家となった人物である。
    「今となっては思い出したくもない、できればなかったことにしたい若い頃の言動。どれほど賢い人間にもそういう思い出はあるものだ。だが、過去の過ちとして苦い顔をするのは間違いだ。その後、賢い人間になったのかは、わからないのだから」『失われた時を求めて』より
  • Dante Alighieri ダンテ・アリギエーリ(1265-1321)[]
    フィレンツェの詩人、哲学者、政治家。故郷フィレンツェから追放され、放浪の日々を送りながら『神曲』などを執筆したイタリア最大の詩人。ルネッサンスの先駆者とも。
    「地獄で最も熱い場所は、道徳が大きな危機に陥っているとき、 態度を保留した者のためにとってある」『神曲』より
  • Petrarch ペトラルカ(1304-1374)[]
    イタリアの詩人、学者、人文主義者。学者としてラテン語の整理に取り組む一方、一目惚れした女性への思慕を歌った『歌集』などを書き残した。
    「どうしてわかるのだ、愚か者め? 誰かがお前に代わって署名しているかもしれないではないか。そう考えれば、私の魂も少しは安らぐというものだ」『歌集』より
  • Ludovico Ariosto ルドヴィーコ・アリオスト(1474-1533)[]
    イタリアの詩人、政治家、軍人。歴史的事実に囚われないおおらかな作風の持ち主で、代表作『狂えるオルランド』で「勇敢な騎士と美しいお姫様との恋と冒険」というテンプレートを作った事で名高い。
    「あれほど美しい男はいなかった。自然が創り、その後、鋳型を砕いたのだ」『狂えるオルランド』より
  • Vittorio Alfieri ヴィットーリオ・アルフィエーリ(1749-1803)[]
    イタリアの詩人、劇作家。裕福な身ながら啓蒙主義に共感し、圧政と自由の対立を描いてイタリアの統一と独立を鼓舞した。イタリア悲劇の創設者であるとも。
    「彼ら、汝のことを記録せり。ここにダヴィデあり 彼、怒れるサウルに降参せり。 進み出でよ、イスラエル、汝の穏やかなる幕中より 彼らの中より進み出よ、ああ王よ」『サウル』より
  • Friedrich Schiller フリードリヒ・フォン・シラー(1759-1805)[]
    ドイツの詩人、劇作家、思想家。今なおドイツ詩の手本とされる美文の使い手であり、独自の美学と歴史観を下敷きにした「自由の詩人」として世界中に愛読者を獲得した。
    「それが運命であるなら、必ずや正義は疾く私を見つけるだろう。だが、彼女が眠れる私の不意を打つことや、逃げる私を捕まえること、あるいは力と剣をもって取り押さえることもあるかもしれない。そのとき私は、自分の死を自由意志による贖罪にするという、私に残された最後の勲功を失うのだ」『群盗』より
  • Johann Wolfgang von Goethe ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)[]
    ドイツの詩人、小説家。シュツルム・ウント・ドランクから古典主義へと至ったドイツを代表する詩人であり、こちらも現代ドイツ語を完成させた人物とみなされている。
    「生物を研究する学者は、まず最初にそれを殺そうとする。そして各部を切り分けた後、魂というつながりを失ったその体は二度と元に戻せないと知るのだ」『ファウスト』より
  • Nikolai Gogol ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)[]
    ウクライナ出身の小説家、劇作家。人間を戯画的、露悪的に描く事に長けた作家であり、ロシア・リアリズムの祖と評価されている。
    「顔が歪んでいるのに眼鏡に文句を言うのは筋違いだ」『検察官』より
  • Fyodor Dostoyevsky フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)[]
    ロシアを、そして十九世紀を代表する文豪。正教に基く魂の救済に人間回復を見出したとされる。代表作として『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』等。
    「大いなる知性と深遠な心の持ち主にとって痛みと苦難は避けられないものだ。真に偉大な者は、きわめて大きな悲しみを抱いているに違いない」『罪と罰』より
  • Leo Tolstoy レフ・トルストイ(1828-1910)[]
    同じく十九世紀を代表するロシアの文豪。従軍経験を下敷きに文筆業と平和活動を進め、政治にも大きな影響を与えた。『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』等が代表作。
    「親切な者を愛するには人の愛で事足りるが、敵は神の愛でしか愛せない」『戦争と平和』より
  • Anton Chekhov アントン・チェーホフ(1860-1920)[]
    ロシアの劇作家、小説家。「何かが起こっても、何も起こらない」と言われる独自の手法で知られ、ロシアを代表する劇作家として、またロシア初の短編作家として君臨した。
    「この純粋なる魂の叫びの中に、悲しみの調べのようなものが聞こえる気がするのは なぜだ? 私の命が必要になったときは、受け取りに来るがいい」『チャイカ』より
  • Maxim Gorky マクシム・ゴーリキー(1868-1932)[]
    ロシアの作家。社会的リアリズムの創始者であり、レーニンに接近し、そして革命前に離れるなど急進的な社会活動家でもあった。
    「手の中にある幸せはいつだって小さく見える。逃がして初めて気づくのだ。 それがいかに大きく、貴重なものだったかを」『どん底』より
  • Geoffrey Chaucer ジェフリー・チョーサー(1343?-1400)[]
    イングランドの詩人、外交官。中英語で創作を成した最初の人物であり、「英詩の父」と讃えられる。その一方、王家の密命を受けて秘密外交にも携わっている。
    「だが、道徳を忘れてはならないぞ。 聖パウロも言っておいでだ、聖書には 語るに足ることしか書かれていないと。 さあ、麦を取り、もみ殻はそのままにしておけ」『カンタベリー物語』より
  • Thomas Malory トマス・マロリー(1399-1471)[]
    イングランドの作家。度々投獄されつつも二十年近くの時をかけ、諸々のアーサー王伝説の集大成となる『アーサー王の死』を書き上げた。
    「だが、アーサー王は死んではおらず、主イエスの御心により別の場所にとどめ置かれているのだと語る者は、イングランド各地に大勢いる。彼らは言う、王はいつか戻ってくると」『アーサー王の死』より
  • Edmund Spenser エドマンド・スペンサー(1552?-1599)[]
    イングランドの詩人。好みとする古風な作風を「スペンサー詩体」と呼ばれる独自の手法に昇華させた詩人で、『妖精の女王』が代表作。
    「失われたものは何もない。見つかろう。探しさえすれば」『妖精の女王』より
  • William Shakespeare ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)[]
    イングランドの劇作家、詩人。イングランド史上最大の作家であり、悲劇、喜劇に代表作多数。ありとあらゆる地方と時代においてその作品が上演されている。
    「人生は物語だ。 愚か者の語る、喧騒と怒りに満ち、 意味など何もない」『マクベス』より
  • Jane Austen ジェーン・オースティン(1775-1817)[]
    イングランドの小説家。田舎のよくある話を徹底的に写実的に描き、イングランドにおける長編小説の頂点を極めたとされる。
    「元に戻せはしない。時も、場所も、見た目も、言葉も、土台となる物は何1つ。 始まっていると知った時、私はすでに渦中にあったのだ」『高慢と偏見』より
  • Mary Shelley メアリー・シェリー(1797-1851)[]
    イングランドの小説家。『フランケンシュタイン』を代表作とし、アシモフに直接示唆を与える等現代SFの先駆者、創始者とみなされている。
    「私自身から学ぶことはなくても、私の教訓から学ぶことだ。知識を得ることがいかに危険か。そして故郷の町こそ世界のすべてと信じている者の方が、自然の摂理を超越した者になろうと切望する者より遥かに幸せであることを」『フランケンシュタイン』より
  • Charles Dickens チャールズ・ディケンズ(1812-1870)[]
    イングランドの小説家。社会格差の拡大が進むヴィクトリア朝時代において、下層階級の視点から多くのベストセラーを飛ばした。
    「お前は未消化の牛肉、マスタードの染み、チーズのかけら、生焼けのジャガイモの切れ端かもしれない。だがお前が何であれ、お前には墓場よりも肉汁の気の方が余計にあるね」『クリスマス・キャロル』より
  • Lewis Carroll ルイス・キャロル(1832-1898)[]
    イングランドの学者、写真家、作家。『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の作者であり、写真家としても知られている。
    「でもおかしな人達のところには行きたくないわ」アリスは口をとがらせて言った。 「そいつは無理ってもんだ」猫は言った。「皆おかしいんだから。俺も。お前も」 「私がおかしいですって?」アリスは言った。 「間違いないね。でなければ、ここへ来るもんか」」『不思議の国のアリス』より
  • Rudyard Kipling ラドヤード・キプリング(1865-1932)[]
    イギリスの小説家、詩人。故郷のインドを舞台にした作品、特に児童文学で当時から広く愛され、イギリス史上初のノーベル文学賞を受賞している。
    「最初に世に出たあの雑なスケッチは 奴の気に入った。 だが、悪魔が葉陰でささやいた。 「いいね。だがこれは芸術か?」」『兵営詩集』より
  • H.G.Wells H・G・ウェルズ(1866-1946)[]
    イングランドの小説家。『タイム・マシン』『宇宙戦争』『透明人間』等を著したSFの生みの親であり、また様々なSFガジェットを生み出した存在でもある。
    「当時、私たちは誰もタイムマシンの実在を信じていなかったと思う。だが実は、タイムトラベラーはタイムマシンの存在を信じない人々の中にいたんだ。君は彼に気づかなかっただけさ。だが君は、彼のあけっぴろげな態度の背後には、語っていない、不意打ちじみた何かがあると常に疑っていたはずだ」『タイムマシン』より
  • Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル(1859-1930)[]
    スコットランド生まれの小説家。シャーロック・ホームズの生みの親である。その人気は当世においても作者自身を困惑させるほどのものだったという。
    「どれほど突飛でも、ありえないことをすべて消去した後に残ったもの、 それが真実だよ」『四つの署名』より
  • D.H.Lawrence D・H・ローレンス(1885-1930)[]
    イングランドの小説家。近代文明に押し潰される人々の悲劇を大胆な性描写を交えつつ描き、数多くの問題作で当時の世界に挑戦し続けた。
    「望むとおりに生きるか、そうしなかったことを悔いて生きるか、女の人生はどちらかですわ」『チャタレー夫人の恋人』より
  • Washington Irving ワシントン・アーヴィング(1783-1859)[]
    アメリカの小説家、伝記作家。各国の民間伝承から数多くの著作を書き出した「アメリカ文学の父」。ゴッサム・シティとニッカポッカの名付け親でもある。
    「悪魔自身や悪魔がしたことがどうであれ、彼は素敵な人生を送ったことだろう。だが、彼は出会ってしまった。幽霊に性悪な妖精、そして魔女たちをすべて合わせたよりさらに大きな混乱を死すべき定めの人の子にもたらす存在、つまり女にね」『スケッチブック』より
  • James Fenimore Cooper ジェイムズ・フェニモア・クーパー(1789-1851)[]
    アメリカの小説家。アメリカの自然と先住民の生活を描写した『レザーストッキング物語』を代表作とし、アメリカ文学の草分けに当たる人物である。
    「チンガチグックは、掘った土の向こうから斥候が伸ばしてきた手を握った。手は暖かかった。親愛のしぐさとして、彼ら勇猛な森の男たちは互いに頭を下げた。熱い涙が彼らの足元に滴り落ち、アンカスの墓を降り注ぐ雨粒のように濡らした」『モヒカン族の最後』より
  • Edgar Allan Poe エドガー・アラン・ポー(1809-1849)[]
    アメリカ生まれの小説家、詩人。世界初の推理小説『モルグ街の殺人』を発表した事で有名だが、ホラー、SF、印象派詩人等にも影響を与えた多才な人であった。
    「よろい戸を開け放てば、尾を振り、翼をはばたかせつつ、 そこに遥か遠き時代の誇りをまといし大鴉あり。 物おじひとつすることなく、休まることを知らずして、 貴人の威風をまといて我が部屋の扉に留まりたり」『大鴉』より
  • Nathaniel Hawthorne ナサニエル・ホーソーン(1809-1849)[]
    アメリカの小説家。狂信が吹き荒れた当時の世相を反映した、悪や罪を題材とする作品で知られる。『緋文字』が代表作。
    「この謎めいた世界のうわべの混乱の中で、人は個々のシステム、 そしてシステム同士のつながりやシステム全体に実にうまく適応しているが、 一歩下がって見ると、自分の居場所を失って取り返せなくなるという 恐るべき危険にみずからをさらしているのだ」『トワイス・トールド・テールズ』より
  • Herman Melville ハーマン・メルヴィル(1819-1891)[]
    アメリカの小説家。当時は作家としては評価されなかったのだが、死後暫くして後『代書人バートルビー』や『白鯨』が再評価され、今日はアメリカを代表する文学者とされている。
    「私のことはイシュメルと呼んでほしい。何年か前(具体的な年数は気にしないでほしい)ほとんど一文無しだった私は、陸に未練がなかったこともあって、船に乗って少し世界を見てくるのもいいかと思った」『白鯨』より
  • Harriet Beecher Stowe ハリエット・ビーチャー・ストウ(1811-1896)[]
    アメリカの小説家、奴隷開放運動家。ストウ夫人とも。黒人奴隷の少年の悲劇を描いて奴隷制を糾弾した小説『アンクル・トムの小屋』を南北戦争の直前に刊行した、恐るべき命知らずである。
    「トムは目を開け、主人を見上げた。「この薄汚いゴミ虫め!」主人は言った。「これでお前は本当の役立たずだ。だが勘弁してやる。ありがたく思え!」ここまで聞くと、彼は完全に意識を失ってしまった」『アンクル・トムの小屋』より
  • Henry David Thoreau ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817-1862)[]
    アメリカの作家、思想家、博物学者。森での自給自足生活を元に人間と自然との関係を活写し、自然文学や環境保護運動の嚆矢となった人物。
    「私は森へ行った。じっくりと考えて暮らしたかったのだ。人生にとって大切なことに向き合い、森から学ぶべきことを学び、人生の最期には自分はちゃんと生きてきたと納得して死ねるように」『ウォールデン』より
  • Walt Whitman ウォルト・ホイットマン(1819-1892)[]
    アメリカの詩人、ジャーナリスト。理神論者かつ両性愛者であり、自身の作品で超越主義から写実主義への橋渡しとなった。「自由詩の父」とも呼ばれる。
    「ああ、船長!我らの船長!恐ろしかった航海も終わりです。 船はあらゆる苦難をしのぎきり、求めていた宝も手に入りました」『草の葉』より
  • Mark Twain マーク・トウェイン(1835-1910)[]
    アメリカの作家、ジャーナリスト。アメリカが世界に誇る大作家であり、トムとハックの冒険が代表作。ハレー彗星と共に生まれ共に帰ったという逸話の持ち主でもある。
    「だけど、とにかく俺は逃げなくちゃならないんだ。 サリーおばさんは俺を養子にして、教育を受けさせるつもりだ。 あんなの我慢できないよ。もうこりごりだ」『ハックルベリー・フィンの冒険』より
  • Emily Dickinson エミリー・ディキンソン(1830-1886)[]
    アメリカの詩人。その早すぎた作風が今日において大いに評価されている人物だが、同時に未だその読み方が定まっていない事でも知られる。
    「私は死のために止まれないがゆえ 彼は親切にも私のために止まってくれた 馬車は待っていてくれた、我々と 永遠の命を乗せるために」『詩集』より
  • Stephen Crane スティーヴン・クレイン(1871-1900)[]
    アメリカの作家、詩人。従軍体験を元に『赤い武功章』等を著したアメリカ自然主義文学の先駆者だが、28歳の若さで夭折している。
    「彼はなんとはなしに周りをぐるぐる歩きながら遺体を見つめた。 死者の目から疑問への答えを読み取ろうとする、命ある者の衝動だ」『赤い武功章』より
  • L.Frank_Baum ライマン・フランク・ボーム(1856-1919)[]
    アメリカの児童文学、ファンタジー作家。小説並びにミュージカル『オズの魔法使い』の作者として名高いが、そこから抜け出すのに大分苦労している。
    「まあ。あなたはとても悪い人ね!」 「いやいや。善人だよ。ただ、とても悪い魔法使いなだけさ」」『オズの魔法使い』より
  • F.Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)[]
    アメリカの小説家。失われた世代を代表する作家で、絶頂から転落へ至るそれぞれの時代に大作を完成させている。
    「ギャッツビーはその緑の明かりを信じていた。毎年に私たちから遠ざかっていく賑やかな未来を。あのときは捕まえることができなかった。だけど構いはしなかった。明日にはもっと速く走れる。もっと遠くまで手を伸ばせる。そしていつかは…」『華麗なるギャッツビー』より

合計70人。ちなみにこの内、ギリシャ・ローマ7、イスラム2、インド4、中国4、日本6、スペイン語圏4、フランス7、イタリア4、ドイツ2、ロシア5、イギリス12、アメリカ13である。
日本の妙な優遇っぷりは何なのだろう。

隠された碑文

秋パッチで隠された史跡を掘ると碑文を引き抜けるようになった。
あんまり見る機会はないだろうがここでご紹介。

  • Rosetta Stone ロゼッタ石(BC196)
    プトレマイオス朝エジプトのファラオであるプトレマイオス五世の業績を称える碑文。神聖文字、民衆文字、ギリシャ語の三言語で書かれており、古代エジプト語解読の突破口となった。
    「……その地に住まう者よ、そしてその地で高位にある者たちよ、見よ、神のごとき彼の姿を……」
  • Mawangdui 馬王堆帛書(埋葬BC168) ※どちらも「馬王堆漢墓」より引用
    前漢時代の長沙国宰相である利蒼の墓から出土した副葬品の一つで、絹の書簡。政治、軍事、思想、文化、科学などに関する様々な史料が収められており、戦国〜前漢時代の研究に多大な貢献を果たした。
    「出血を伴う痔。雄の鼠1匹を尿で煮込む。その蒸気を患部に当てる」
  • Dead Sea Scrolls 死海文書(BC250-AD70の間、おそらく1C頃)
    エッセネ派と目されるクムラン教団によって用いられたヘブライ語聖書。正典が確定する以前において、聖書の内容が多様に移り変わっている事を示した*2
    「彼らに伝えよ、「天地を創らざりし神々は、地の上、天の下から消え去るであろう」と」
  • Epic of Gilgamesh ギルガメシュ叙事詩(BC30C以前?)
    ウルクの王ギルガメシュを題材とした叙事詩。現在発見されている最古の叙事詩であり、特にその洪水伝説は旧約聖書を始めとした後世の物語にも引用されている。
    「偉人の名が刻まれし場所に我が名を連ねん。誰の名も刻まれぬ場所には神々に奉ずる碑を建立せん」
  • Nag Hammadi library ナグ・ハマディ写本(成立80以降、埋蔵367以降)
    エジプトで発見されたグノーシス主義者の文章。『トマスによる福音書』の完全な写本が含まれ、グノーシス主義の思想を解明する手がかりとなった。
    「しかし、彼が神聖なる油を注いだ者は完全を得た者である。なぜなら油の注がれた壺は満たされた壺だからである。だが油が溶ければ壺は空になる」
  • Linear B 線文字Bのかけら(BC1450-BC1375頃)
    クノッソス宮殿跡で発見された粘土板が有名。ミノア文明によって用いられた文字であり、ギリシア語として解読されている。
    「かくしてプケブリスは王がアウゲワスを地方長官に任命するのを見た…奴隷女32人……若い女5人……少女15人……少年4人」
  • Papyrus of Ani アニの教訓(BC1250頃)
    新王国時代のエジプトでヒエログリフによって書かれた挿絵付きの文章群。この時代に流行った、人々に正しい行いを説く「教訓話」の一つ。
    「おお偉大なる方々よ、オシリスの家の完全なる魂にパンと酒を与え給う方々よ、オシリス・アニの魂に朝夕パンと酒を与え給え。オシリス・アニがアビドスの主たる神々の御前で告げる言葉は真実なり」
  • Rok Runestone レーク石碑(900頃) ※「ルーン文字」より引用
    スウェーデンに存在する最も有名なルーン石碑。最長のルーン石碑であるだけでなく、最古のスウェーデン文学ともみなされる詩的な文章も特徴。
    「9世代前、自らの罪のためにレイドゴートと共に命を落とした者は誰か、というのが第2の問いである」
  • Code of Hammurabi ハンムラビ法典(BC1772頃)
    バビロニアの王ハンムラビによって編纂された、世界で二番目に古い法典。身分制を前提とするものの、罪刑法定主義を規定する等、当時としては極めて先進的な法体系が示されている。
    「196条 他人の目を潰す者があれば、その者の目も潰すべし」
  • Bakhshali manuscript バクシャーリー写本(3-4C頃)
    樺の木にサンスクリット語で記された数学のテキスト。実用的な算数と代数学をまとめており、負の数を用いた最古の数学文献としても知られる。
    「5人の商人が宝石を共同で購入する。宝石の価格は、1人目の商人の所持金の半分と、残りの商人の所持金を合わせた額に等しい。あるいは、2人目の商人の所持金の3分の1と、残りの商人の所持金を合わせた額に等しい……」
  • Paris Codex パリ絵文書(1250-1450頃?)
    パリで「発見」されたマヤ文明の絵文書。世界で4つしか残っていないマヤ文明の記述史料であり、天文学、暦法、儀式、神話などが記されている。
    「マニのカバル・チェンの歌い手、チラム・バラムの予言。13アハウの日、カトゥンはイツァの時間、すなわちタンカーの時間で終わりを迎える」
  • Seventeen-article constitution 十七条憲法(604?)
    聖徳太子、あるいは厩戸皇子によって作成された成文法。…とは言うものの、どちらかと言えば貴族や官僚に対する訓告集と言った方が正確である。
    「和を貴び、無用な諍いをせぬことを旨とせよ……さすれば何事か成らざらん」 第一条、「和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ…すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん」か
  • Book of Kells ケルズの書(8C頃)
    アイルランドのアイオナ修道院で作成された聖書。ケルト美術の精髄が詰め込まれた非常に華麗な写本であり、「世界でもっとも美しい本」とも。
    「初めに言葉ありき……そして言葉は肉体となり、我らの間に住まわれた」
  • Codex Borgia ボルジア絵文書(13-15C頃?)
    バチカン図書館で「発見」されたメソアメリカ文明の絵文書。スペイン侵入以前の貴重な記述が残っているとされ、美術品としても評価が高い。
    「テスカトリポカは、我らを生かし給う神であり、傍らに居る者の王なり」
  • Kedukan Bukit inscription クドゥカンブキト碑文(683)
    インドネシアのパレンバンで発見された碑文。シュリーヴィジャヤ王国による当地の征服を記念しており、マレー語の最も古い形を今日に伝えている。
    「サカ暦605年、ワイサカの月の11日目、満月の日に、陛下は利を求めて乗船なされた」

合計15編
それにしても書簡ないし碑文として残っている訳でもない十七条憲法の違和感が凄い。

大技術者

追加なし。

大商人

追加なし。

大科学者

追加なし。

大将軍

追加なし。

大提督

追加なし。

ヴェニスの商人

  • Marco Polo マルコ・ポーロ(1254-1324)
    24年に渡るアジアへの旅を口述した(とされる)『東方見聞録』で知られる。「ジパング」の名付け親でもある。
  • Niccolo Polo ニッコロ・ポーロ(1252-1294)
  • Maffeo Polo マフェオ・ポーロ(1252-1309)
    マルコ・ポーロの父親と叔父に当たる人物。コンスタンティノープルやクリミア半島に交易所を建て、教皇の使者としてマルコと共に元にも赴いた。
  • John Cabot ジョン・カボット(1450?-1498)
    ジェノヴァに生まれイギリスに移住した航海者。ヴァイキングの記録を元に北米大陸を発見している。
  • Gasparo Balbi ガスパラ・バルビ(生没年不詳。14C頃)
    ポルトガルに随行してインドやミャンマーなどに到達し、その内容を"Voyage to the Oriental Indies"に残した旅行者。
  • Niccolo de Conti ニコロ・デ・コンティ(1395-1469)
    インドやアヴァ朝、更にはマルコ・ポーロ以来初めて中国南部に到達した航海者。
  • Cesare Federici チェザーレ・フェデリッチ(1530-1600or03)
    インドの海岸部ほぼ全域を十八年にわたって活動領域とした貿易商兼旅行者。
  • Giovanni Belzoni ジョヴァンニ・ベルツォーニ(1778-1823)
    元は機械工学にも通じた大道芸人だったが、アブ=シンベル神殿の入口を発見する等エジプト探検で名を馳せた人物。
  • Alvise Cadamosto アルヴィーゼ・カダモスト(1432-1483)
    エンリケ航海王子に雇われアフリカ西岸を探索し、カーボベルデやギニアの位置を確定した奴隷証人。
  • Giosafat Barbaro ジォサファト・バルバロ(1413-1494)
    名門貴族バルバロ家の一員。オスマン帝国と地中海の覇権を争い、後にはペルシャへの大使も務めた。
  • Antonio Pigafetta アントニオ・ピガフェッタ(1491-1523)
    マゼランの世界周航に同行し、生きてスペインに帰れた幸運な十八人の一人。その詳細な記録は当時から今日に至るまで多くの貴重な情報をもたらしている。
  • Ambrogio Contarini アンブロージョ・コンタリーニ(1429-1499)
    キエフやグルジアを経由して白羊朝のイスファハーンに到達し、オスマンに対する再度の共闘を呼びかけんとした外交官。イヴァン三世にも謁見している。

合計12人。

BNWでの追加合計215人。

ランキング

  • Augustus Caesar アウグストゥス
    「煉瓦の都ローマを受けつぎ、大理石の都を残した。」
    "I found Rome a city of bricks and left it a city of marble."
  • Hammurabi ハンムラビ王
    「人々を支配し国土に秩序をもたらすために、マルドゥークが私を使わしたとき、私は正しく善を行った。そして虐げられた人々に幸せをもたらしたのだ。」
    "When Marduk sent me to rule over men, to give the protection of right to the land, I did right and righteousness, and brought about the well-being of the oppressed."
  • Abraham Lincoln アブラハム・リンカーン
    「成功しようという意識を常に持つことが、他の何よりも重要なのである。」
    "Always bear in mind that your own resolution to succeed is more important than any other."
  • Charagnleme カール大帝
    「私の軍隊を岩に、森に、そして空を羽ばたく鳥にせよ。」
    "Let my armies be the rocks and the trees, and the birds in the sky."
  • Winston Churchill ウィンストン・チャーチル
    「悲観主義者はすべての好機に問題を見出し、楽観主義者はすべての困難に好機を見出す。」
    "A pessimist sees the difficulty in every opportunity; an optimist sees the opportunity in every difficulty."
  • Nelson Mandela ネルソン・マンデラ
    「やり終えるまでは不可能に見えるものだ。」
    "It always seems impossible until it's done."
  • Marcus Aurelius マルクス・アウレリウス
    「あなたには困難に見えるからといって、誰にとっても達成不可能だなどと考えてはいけない。」
    "Because a thing seems difficult for you, do not think it impossible for anyone to accomplish."
  • Joan of Arc ジャンヌ・ダルク
    「私は恐れなどしない… これを成し遂げるために生まれてきたのだから。」
    "I am not afraid... I was born to do this."
  • Charles de Gaulle シャルル・ド・ゴール
    「人格者は危機に直面しても他人に頼ることはない。独自のやり方を全面に押し出し、それに責任を持ち、己自身で切り抜けるのだ。」
    "Faced with crisis, the man of character falls back on himself. He imposes his own stamp of action, takes responsibility for it, makes it his own."
  • Simon Bolivar シモン・ボリバル
    「判断は経験によってくだされる。経験は愚かな判断によって形づくられる。」
    "Judgement comes from experience, and experience comes from bad judgement."
  • Lech Walesa レフ・ワレサ
    「歴史の車輪を素手で止めようと試みるものは、指をつぶされることになるだろう。」
    "He who puts out his hand to stop the wheel of history will have his fingers crushed."
  • Ivan the Terrible イヴァン雷帝
    「それだけでなく、国政や敵対国家との度重なる戦争、そして国民の幸せというものに、私はひどく心を悩ませているのだ。」
    "Withal, I concern myself greatly regarding the affairs of state, constant wars against hostile nations, and the welfare of my poor people."
  • Henry VIII ヘンリー8世
    「神よ、これがこの世と我が国のためでなければ、今日この世のものとは思えぬ者の為に成さねばならぬことを、決して行いはしないでしょう。」
    "My Lord, if it were not to satisfy the world, and my Realm, I would not do that I must do this day for none earthly thing."
  • Herbert Hoover ハーバート・フーバー
    「若者は幸福である、国の債務を引き継がねばならぬのだから。」
    "Blessed are the young for they shall inherit the national debt."
  • Louis XVI ルイ16世
    「盗み聞きをする者は、自分の良い噂を耳にすることはない。」
    "Listeners never hear any good of themselves."
  • Neville Chamberlain ネビル・チェンバレン
    「戦争において、どちらの側が勝利を宣言しようとも、そこに勝者は存在しない。関わったものすべてが敗者なのだ。」
    "In war, whichever side may call itself the victor, there are no winners, but all are losers."
  • Andrew Jackson アンドルー・ジャクソン
    「すべきことが何もなければ喜びはない。やることがあるにも関わらずそれに手を付けないから愉快なのだ。」
    "There is no pleasure in having nothing to do; the fun is having lots to do and not doing it."
  • Nero ローマ皇帝ネロ
    「私という偉大な芸術家はここに死す。」
    "So great an artist, I die!"
  • Warren G. Harding ウオーレン・ハーディング
    「どこかその辺りに税の全てを記した本があるはずだ。それがあれば、税の何たるかを明確に示してくれるに違いない。しかしその所在は分からないし、たとえ探し当てたとしても私には理解できないだろう。」
    "Somewhere there must be a book that tells all about it, where I could go to straighten it out in my mind. But I don't know where the book is, and maybe I couldn't read it if I found it."
  • Ethelred the Unready エゼルレッド無策王
    「わかった、5分だけだ。いいだろう?」
    "Yeah, just five minutes, all right?"
  • Dan Quayle ダン・クエール
    「成功しなければ、我々は失敗の危険を冒すことになる。」
    "If we don't succeed, we run the risk of failure."

*1 もっと言ってしまうと本物の人特有の執念を具現化した実用的な
*2 地味だとか思ったあなた、オカルトの読みすぎです

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Last-modified: 2015-12-14 01:21